自然と共生した流域圏・都市の再生

「共生」という言葉は、この頃非常によく使われる。「環境」という言葉が出ると、大体、「共生」という言葉が出てくる。しかし「共生」とは何かと考えてみるとよくわからない。

例えば、町づくりのときに自然と共生する町を、などとよく使われる。私が前に単身赴任で住んでいた滋賀県の彦根でも、自然と共生する町ということがいわれていた。その一方で、雑草は抜こう、雑草が生えない町にしようというのである。きれいな花は植えていい、外来の植物はどんどん植えてきれいにしよう、しかし彦根にもともと生えていた雑草は抜こうという。雑草が生えない町が自然と共生する町なのだろうか。このような例からも疑問が生じるようなことはいくらでも出てくる。

「寄生」という言葉もある。宿主にとって悪いことをするのが「寄生」である。「共生」というのは両方にとってお互いに良いというが、よく調べてみると、片方だけが得をしているというものもあるし、片方が大部分得をしているけれども、相手はちょっと損をしているというものもあるし、相手が猛烈に損をしているというものもある。片方一方だけが利益を得る「片利共生」とか、両方が利益を得る「双利共生」という言葉もあり、片利共生の場合は、それは共生ではなく「寄生」であるとか、何かこんにゃく問答みたいになってくる。

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エネルギー論(技術関連系5) 

現在、世界の一次エネルギー供給量の約9割は枯渇性エネルギーの化石燃料に依存しており、長期的には持続可能な状態にはない。したがって、人類社会が持続可能であるためには、化石燃料が枯渇する以前に、代替エネルギーを大規模に利用できるようにならなくてはならない。

しかし、その際の社会としての具体的な対応は、資源枯渇までに残された時間の長さに依存して決まるものであろう。化石燃料資源に関しては、数十年から数百年のオーダーで利用できる可能性があると考えられている。もちろんこれらの資源の残存量を決して楽観視し過ぎてはならないが、現時点では資源枯渇ヘの過度の危機感を前提とした政策や研究開発などの優先度は必ずしも高くはなくなっている。むしろ持続可能性という点で、昨今懸念が高まっていることは、化石燃料の燃焼にともなって排出されるCO2などが引き起こす環境問題の方である。

システムの設計・運用・評価(設計系5)

「システム」を一言で表現することは難しい。ベルタランフィによれば「システムとは相互に作用しあう要素の集合」と定義され、このような定義は、「あまりにも一般的で漠然としており、そこから多くのものを得ることはできないようにみえる。しかしそうではない」と主張されている(長野敬・太田邦昌約)。すなわち、たとえば、アンモニアのにおいは水素と窒素の化学的性質を調べていても説明できないように、個々の要素には観察されないが、それらの相互作用によってはじめて出現する性質や現象に着目する上からとらえられたものである。

要素に細かく分解するよりも、要素間の相互作用やその結果として創造されている有機的組織体に焦点を当て、それを俯瞰的にとらえる見方を、ここでは、システム的思考とよんでおこう。システム的思考は、いろいろな分野で使われ、発展してきている。それは、生態学から工学、人類学から経営学など、複数の学問領域にまたがった学際性を特徴としている。

技術の創造と設計

設計者が直接自分で行えることには限りがある。しかし、その「限り」を、自分の能力の限界と思ってはいけない。そう思ったら最後、諦めの気持ちが生まれ、思考停止が始まる。設計者は絶対に思考停止をしてはならない。設計者はつねに考えつづけていなくてはいけないのである。自分で直接行える「限り」以上のことは、限界どころか、むしろ自分の能力を高めてくれる大事な種になる。これは、思考演算のところで説明した「交換・逆転」の考えそのものである。そして、その種を生かすためにも、自分の中で課題設定をできるかぎり早くして、他人の行動をジッと観察する必要があるのである。

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設計の方法論(設計系3)

設計に対する主な制約は、産業や技術の発展の初期段階には技術的な制約と経済的な制約の2つだけであったが、その発展に伴って社会的制約・環境的制約・倫理的制約までも考えなければならなくなってきた。効率や経済性を重んじ、大量生産と大量消費をつづけてきた現代の社会は、エネルギー・資源の問題で壁に当たり、ついに環境的な問題で強い制約を受けるようになった。また生活の仕方が変わって社会的な制約を強く受けるようになった。そのため、設計にもこれらの多くのことがらが制約条件として現れる。

設計の理論(設計系2)

設計は本来、対象非依存の一般的な人間の行為であり、工学の中核をなすものである。ある工学領域において具体的な設計法を学んだ者は、その知識を利用して別の工学領域でも設計ができるように思われるが、工学領域間の壁にはばまれて、それぞれ個別のせまい領域での設計に閉じこめられているのが現実である。しかし、現代のように技術が急速に進歩し、変化している状況においては、それではもはや立ちゆかない。一般化と抽象化をおこなった設計学や、一般的な設計方法論を学ぶことによって、領域を超えた応用可能性を獲得することが必要である。

そのような手法を身につけるには、知識の構造を理解することが重要である。いったんはある工学領域で設計を学ぶにしても、いずれは、抽象化された知識の構造を理解する必要がある。そうした理解があって、異なる工学領域での設計(知識操作)が可能になる。設計の基本は領域によって異なることはない。各領域での特殊事情さえ理解すれば、設計は可能なのである。設計学を学ぶことは、新領域での設計やイノベーションを可能にするだろう。

都市の鍼治療―元クリチバ市長の都市再生術

効果ある都市の鍼治療は、都市の知識をより豊かにさせる。実際、どれぐらいの人々が自分の都市のことを本当に知っているのだろうか。我々はよく知らないものに対しては敬意の念をほとんど抱かない。都市を知らないのにどうやって都市に対して敬意を示すことができるだろうか。

その答えは難しくない。とりあえず都市を描けばいいのである。

人間都市クリチバ

都市の変化を促す条件

  1. 政治的意思
  2. しっかりした戦略計画(戦略性をもった計画は不可欠である)
  3. 市民との結束(市民と結束してプログラムに取り組むことが必要である)
  4. 市民に責任感を醸成させる公式(市民が市政に責任を持つことで、初めて都市は変化できる)
  5. 市民に将来シナリオを理解させること(もし、将来都市がどのようになるかを知らなければ、市民は都市への敬意を抱かない)

快適都市空間をつくる

日本の近代は、近世の都市に備わっていたバランスある産と住との連携を生産した上で無理やりに産業効率向上の観点から再編成してきた歴史なのである。その本質を忘れて、単に同じ地域に産業と住宅を物理的に併存させたとしても、本質的解決にならない。都市は元来「複合」しているべきものだ。

この都市のもつべき、住む・働く・学ぶのバランスと統合が失われたとき、日本人は生活を失い、とうとう生活下手まで転落していったのである。

日本の都市をよくするためには、この「生活像」の転換と再確立が急務なのである。

地中海―人と町の肖像

都市とはまずもって、住民が快適かつ豊かに生活しうる空間とみなすことができる。農業生産の経済から商品交換への脱却、その富の安全な集積地、軍事上の防衛と制度上の秩序、あるいは権力を整備したうえでの管理能力。どれもが、都市を定義する重要な指標である。ヨーロッパの都市は、それらのいくつかを兼併しながら、都市文明を成熟させてきた。だが、18世紀にいたるまで、その都市を眺望されるべき景観として理解し、表現しようとする発想が、明白な意識をともなって提唱される機会はとぼしかった。都市の成長過程があまりに急速、かつ広範囲にわたり、いまだ景観という視点までには、到達しがたかったからかもしれない。

いずれにせよ、18世紀のころ、イタリアの都市から、景観というコンセプトがとなえられたのには、理由があろう。ヴェネツィアもローマも、当代にあっては経済・政治上の最前線に位置していたとはいえない。むしろ、それぞれ特異な分野において、特質を強調すべき事情におかれていた。しかし、ヴェネツィアもローマも、かつての栄光を都市の空間と時間のなかに宿しており、それがつくりだす景観に無限の吸引力を、あたえることが、可能となっていた。

都市は、景観として住まわれることができる。居住者はそれを、みずからの努力で創出する。画家たちは、それを画面のうえでさらに再編・創造する。あたりまえの理法であるかにみえて、じつはその事実をはっきりと認識したのは、ことによると18世紀のヴェネツィア人とローマ人だったのかもしれない。かりにそうでないにせよ、この時代ののち、地中海イタリアの都市は、景観のなかに都市の生命をみぬき、意識するにせよ、しないにせよ、卓抜の都市らしさを産みおとしてきた。