希望のつくり方

人間は本来、日々の生きる困難のなかで、希望を否応なく持とうとしてしまう、もしくは希望を持たずざるを得ない動物です。特に生きる苦しさにある人々ほど、より良い明日を求めてしまう。それが、人間の業であり、本性なのです。

希望は、持つべきか、持たざるべきか、ではありません。困難が連続する社会のなかで生き抜くために、どうしても求めてしまうもの。それが、希望なのです。

挫折と希望は、過去と未来という時間軸上は、正反対に位置するものです。しかしそれらはともに、現在と言葉を通じてつながっています。それが「過去の挫折の意味を自分の言葉で語れる人ほど、未来の希望を語ることができる」という、希望の物語性についての第二の発見なのです。

スターバックス再生物語 つながりを育む経営

わたしには光が見えます。すべきことがわかっています。やらなければなりません。やらなければならないのは、問題を解決する答えを見つけることです。大切なことに注力し、不適切なことに時間と金を浪費するのをやめることです。

大切なのは、わたしたちが直面する問題の解決策を求めることであり、これまで気づかなかったことに関心を持ち、より良く、賢く、効率的な方法を探し、改革と革新を推し進めることです。

これは会社にとって、ここに集まっているわたしたち一人ひとりにとって、真の試練です。わたしたちが成功できる理由は、過去にわたしたちが成功してきた理由と同じです。株価もマスコミも関係ありません。わたしたちが信じるもの、わたしたちが守ろうとするものがわたしたちを成功に導くのです。

わたしはこの会社の将来を信じています。なぜなら、皆さんを信じているからです。

規律ある成長。直感と厳格さのバランス。核となる価値を中心としたイノベーション。現状に満足しない。新しい視点を見つける。特効薬を期待しない。泥にまみれ、手を汚す。相手の立場になって聞き、自分を隠さずに気持ちを通じ合わせる。物語を語る。他人に自分を定義させない。実体験を利用してやる気を起こさせる。価値を大切にする(自分の基礎となる)。説明責任を課すときは成功のツールを与える。困難な選択をする(大事なのはどう実行するかである)。危機においては決断力が大切。迅速に動く。試練のうちに真実を見つけ、過ちに教訓を見つける。目にし、耳にし、行うことに責任をもつ。信じる。

ハワード・シュルツ,ジョアンヌ・ゴードン
徳間書店

¥ 1,785

(2011-04-19)

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学

他人の意見によって、自分の内なる声を溺れさせてはならない。何よりも大切なのは、自分の気持ちや直感に従って行動する勇気を持つことです。

ある問題を解決しようとして、最初に考えだした解決策がとても複雑だったとしよう。ほとんどの人はそこで考えるのをやめてしまう。だが、そこでやめずに考えつづけて、ダマネギの皮をむくようにムダなものをそぎ落としていくと、とても洗練されたシンプルな解決策にたどり着くことがよくある。

イノベーションをするときに、ミスをすることがある。最良の手は、すぐにミスを認めて、イノベーションのほかの面をどんどん進めることだ。

シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしい。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明確にしなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

優れた小説の創造(あるいは、美しい宝石、美味しいチョコレートの創造)と、小説が(あるいは、宝石や、クッキーの箱が)何千もの小売店の店頭で山積みになることとのあいだには、ランダムネスと不正確さの巨大な溝が横たわっている。すべての分野の成功者が、ほとんどの例外なく、ある特定の人間集団―けっして諦めない人間集団―の一員であるのはそのためだ。

ことの大小を問わず、仕事での成功、投資での成功、決断での成功など、われわれの身に起こることの多くが、技量、準備、勤勉の結果であるのと同じぐらい、ランダムな要素の結果でもある。つまり、われわれが認識している世界は、その根底をなす人間や状況の直接の表れではない。そうではなく、それは予見できない。あるいは絶え間なく変化するランダムな作用によってぼかされた像だ。能力は問題ではない、と言っているのではない。能力は成功の確立を増す要素の一つである。しかし行動と結果の結びつきは、われわれが願うほど直接的ではない。だから、過去を理解するのは容易ではないし、未来を予測するのもそうだ。どちらについても、表面的な解釈を超えて考えることが有用だ。

近年心理学者たちは、障碍に直面しながら耐える能力は、才能と同じぐらい、成功の重要な要素であることを見出している。専門家がしばしば「10年規則」を、つまり、ほとんどの分野において大いなる成功者になるには少なくとも10年の勤勉、訓練、奮闘が必要であると説くのはそのためだ。

努力と偶然は生来の才能と同じぐらい重要、とするのは、やる気を失わせるようなことに思えるかもしれない。しかし私は励みになると思う。なぜなら、遺伝的要素はわれわれにはコントロールできないことだが、努力の程度はわれわれに委ねられているからだ。また偶然の作用も、何度も試みれば成功の確率を上げられる、という程度までは、われわれにコントロールできるからだ。

BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の”走る民族”

タラウマラ族の本当の秘密はそこにあった。走ることを愛するというのがどんな気持ちなのか、彼らは忘れていない。走ることは、人類最初の芸術、われわれ固有の素晴らしい創造の行為であることをおぼえている。洞窟の壁に絵を描いたり、がらんどうの木でリズムを奏でるはるかまえから、我々は呼吸と心と筋肉を連動させ、原野で体を流れるように推進させる技術を完成させていた。それに、われわれの祖先が最古の洞窟壁画を描いたとき、最初の図案はどんなものだったか? 稲妻が走り、光が交錯する―そう、走る人類だ。

長い距離を走ることが貴ばれたのは、絶対に不可欠だったからだ。それはわれわれが生き延びて繁栄し、地球上に広がっていく手段だった。人は食べるために走り、食べられないように走った。連れ合いを見つけて気を引くために走り、彼女と新しい生活をはじめるために遠くへ走った。走ることを愛さないわけにはいかず、さもなければ、生きてほかの何かを愛することもなかっただろう。そして、われわれが愛するほかのあらゆるもの―と同じく、走ることは太古の祖先から遺伝子に組み込まれてきた宿命なのだ。われわれは走るために生まれた。走るからこそ生まれた。誰もが”走る民族”なのであり、それをタラウマラ族は一度も忘れたことがない。

小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕: 37シグナルズ成功の法則

身軽であるというアイディアを受け入れよう。今このとき、あなたは最も小さく、最も無駄がなく、最も早い。ここからだんだん鈍重になっていく。そしてものごとが身軽ではなくなるにつれ、方向を変えるのにより大きなエネルギーが必要になる。ビジネスの世界でも、物理の世界とおなじだ。

多くのすばらしいアイディアも、一度に実現しようとすると一気にくだらない製品になってしまう。やりたいことのすべてはなかなかできないものだ。時間、資源、能力、そして優先順位と制限はつきものだ。一つのことでも完璧にすることは難しい。同時に十個のことをうまくやる?そんなことは忘れたほうがいい。

より良いもののためには、愛着あるものをいくつか犠牲にしないといけない。やりたいことを半分にするのだ。中途半端な一つのものより、とてもよくできた半分の大きさのものの方がいいに決まっている。量より質だ。

一度見通しを立てると、すばらしいアイディアのほとんどはそこまですばらしいものではなくなる。もしそれらのアイディアが本当に魅力的なものであれば、後からでもやることができるはずだ。

今、あなたが誰なのかを知る人はいない。それでいい。無名であることは、すばらしいことだ。日陰にいることを幸せに思おう。

この時こそ、世間にあれこれ言われずミスすることに使おう。欠点をつまみ出し、思い立ったアイディアを試してみよう。新しいことに挑戦してみるのだ。誰もあなたを知らないのだから、失敗しても大きな問題ではない。無名であれば、プライドを失うことも自分を失うこともないだろう。

ジェイソン・フリード,デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン
早川書房

¥ 1,575

(2012-01-11)

閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義

パーソナライゼーションは、創造性やイノベーションをみっつの面から妨げる。まず、我々が、解法を探す範囲(「解法範囲」)がフィルターバブルによって人工的にせばめられる。次に、フィルターバブル内の情報環境は、創造性を刺激する特質が欠けたものになりがちだ。創造性というのは状況に強く依存する。新しいアイデアを思いつきやすい環境と思いつきにくい環境があり、フィルタリングから生まれる状況は創造的な思考に適していないのだ。最後に、フィルターバブルは受動的な情報収集を推進するもので、発見につながるような探索と相性がわるいことが挙げられる。めぼしいコンテンツが足元に山のようにあれば、遠くまで探しにゆく理由はないからだ。

パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ

パブリックな場所で、すべてをさらけ出していれば、完全であることに囚われることもなくなる。完全であることがお約束でなければ、より自由に今までより良いものをつくる機会ができる。終わりがなく、満足せず、パブリックに働くことで、僕らは常に改善を目指すのだ。「最善は善の敵」とヴォルテールは言った。そして最良は改善の敵でもある。完全への追求は、創造を複雑にし、遅らせる。テクノロジーの世界では、この悪しきプロセスを「フィーチャー・クリープ」と呼ぶ—発売前に理想に一歩近づけようと、予定されていなかった機能をつけ足すことだ。その治療法は、ベータ版をパブリックにすることだ。外に出してみて、何が必要かを見ることなのだ。

完全神話は、ビジネス以外でも僕らの生活を支配している。学校では、すべての問題にただひとつの正解があると生徒に教える。そんな問題を集めて試験を行い、試験のために教え、教えたことをオウム返しにすることを求める。僕らはそれを達成と呼ぶ。そうでなく、実験を促し、常識への挑戦を褒め、失敗から学ぶような学校をつくるべきだ。

情報って何だろう (岩波ジュニア新書)

情報は誰かによって作られるものです。ある情報が生まれるには、必ずその観測者が存在しています。また生まれた情報を伝達して流通させるのも人間です。どんな情報にも必ず人間による介在があり、その意味からすると表現者や伝達者の主観性が含まざるを得ないということを、私たちは認識しておかなければなりません。純粋に客観的な情報というのは、存在し得ないのです。

情報が人間によって知覚され生み出されるものだとするならば、必ずそこには何らかの意図が介在しているはずです。意図という言葉が適切でなければ、意思や知識、あるいは観点という言葉でもいいでしょう。

「考えるクルマ」が世界を変える―アーバン・モビリティの革命

クルマを、ネットワークから切り離されたデバイスであり、エネルギーを、必ずしも合理的とは言えない価格でときどき大量購入して補給しなければならないものと考える必要はない。都市全体のエネルギー効率向上を望むなら、クルマのエネルギーを駆動力に転換する際の効率だけに焦点を当ててはならない。

その代わりに、歴史的に別個のシステムとして都市を支えてきたシステムの統合に着手すべきだ。燃料・水・空気の供給、エネルギー転換、電気や建物のサービス、そしてモビリティを、一体的なシステムとして制御すべきである。電力市場を作り出すことにより、地域的にバラバラで、時々刻々変化するニーズに効率的に応え、変動価格とリアルタイムのフィードバック・ループによって電力供給を均衡させるべきである。そしてクルマは、こうした市場において敏捷でインテリジェントな買い手兼売り手となるべきである。

この戦略はシステム全体の性能向上を目指すものであって、さまざまな構成要素やサブシステムの個別性能に注目するものではない。この戦略は、どこにでもあるディジタル・ネットワーク型かつ分散型のインテリジェンス(都市の神経システムを形成する)を活用することによって、肌理が細かく反応が早くリアルタイムで制御される都市エネルギー・システムを実現する。

ウィリアム・J. ミッチェル,ローレンス・D. バーンズ,クリストファー・E. ボローニ=バード
東洋経済新報社

¥ 2,940

(2012-02-10)