生態系を蘇らせる

生活と科学技術にかんする思想の転換とは、科学技術と欲望しだいで思うままに操ることのできるものとして生態系をみるのではなく、人智をはるかに超える複雑さを秘めた歴史的存在としての生態系を尊重し、それをできるかぎり損なわない利用や管理を心がけていかなければならない。それは、謙虚な心と科学の鋭い目をもって、環境にうまく適合するように「順応的に」生態系とむかいあうことによってはじめて可能となる。

鷲谷 いづみ
日本放送出版協会

¥ 966

(2001-05)

生物保全の生態学

対象に不確実性を認めた上で、政策の実行を順応的な方法で、また多様な利害関係者の参加のもとに実施しようとする新しい公的システム管理の手法である。生態系管理の実行においては、生態系が複雑なものであればあるほど大きな不確実性が伴う。一方、森林にしても河川にしても、そこから得られる財やサービスに関して多数の利害関係者が存在する。したがって、生態系管理の手法はおのずから順応的なものでなければならないことになる。

順応的管理(adaptive management)においては、地域の開発や生態系管理を一種の実験とみなす。計画は仮説、事業は実験であり、監視の結果によって仮説の検証が試みられる。その結果に応じて、新たな計画=仮説をたて、よりよい働きかけを行うべく、事業の「改善」を行う。この管理手法では、科学的な立場からの意見をも含め、広く利害関係をもつ人々の間での合意をはかるような合意形成システムをつくることが重視される。

生態系管理が順応的であるためには、生態系の成り立ち、構造、機能を支えている生態的な相互作用やプロセスについて、現時点で最も信頼性の高い生態学的知見を踏まえた調査・研究とモニタリングが欠かせない。管理の計画や手法は「仮説」であり、その有効性をモニタリングで確かめることが求められるからである。

順応的管理においては、科学的な要求、行政上の必要性、社会的な要求のいずれをもバランスよく考慮するための意思決定フォーラムが重要な役割を果たす。そこでは、研究者を含めた利害関係者ができる限り正確な科学的データをもとに、専門的な事項についても十分に理解したうえで、合意形成が図られる。

鷲谷 いづみ
共立出版

¥ 2,310

(1999-05)

いのちを守るドングリの森

机上の計算のみに頼ったり、一時的な効率だけを求めたりする斜面緑化は、表現は悪いが、膏薬張り的で、安易であるが長持ちしない。土地本来の緑環境の再生ができないばかりでなく、斜面保全、災害防止、生態環境保全機能も低い。しかも維持管理費もかさむ。またいわゆるクレメンツの遷移説に沿って、まず草本植物や先駆樹種を植え、長い時間をかけて二次的遷移の過程を経て土地本来の終極相に向かう、という教科書的な樹林形成は、理論的には頷ける。しかし、200~300年、またはそれ以上の時間がかかる。しかも遷移の途中相で自然の揺り戻しとしての台風や洪水、地震、火事などで、壊滅的な影響を受ける危険度が高い。斜面にも、いや斜面にこそ土地本来の潜在自然植生の樹種を植えることにより斜面保全、防災・環境保全をはかりたい。

美しい都市・醜い都市―現代景観論

果たしてヨーロッパ人は、西洋の都市の橋に比べて見劣りする洋風の日本橋を見て、美しい日本だと感じるのだろうか。ここを観光地として訪れたいと思うのだろうか。逆の立場を想像するといい。あなたはハワイ旅行をして、現地にある平等院鳳凰堂のコピー建築を見たいだろうか。橋の上に橋を架けるダイナミックな景観に、日本の現代都市を感じるのではないか。東京は伝統が残されるとされる京都ではない。たった半世紀もたたないうちに、本当に首都高速を壊すべきなのか。筆者はしばしば1000年後の風景を想像する。そのとき、もし首都高速と日本橋の両方が残っていれば、どちらに感銘を受けるだろう。筆者は、首都高速がローマ時代の水道橋のような遺跡になるのではないかと思う。

工学の歴史と技術の倫理

現代社会においては、科学研究者も、技術者も、自分たちの研究・開発の結果が、そのまま、公共空間に生きる人々(自分たち自身も含めて)の「生」を決定的に左右する可能性があることを、忘れることができない。さらに、技術はもちろんのこと、科学にあってもクライアントが出現している現代にあっては、クライアントが求める要求(使命)を達成することは、当然の責務であるが、同時に、それを達成し、実際に社会のなかにそれが実装されていくことによって、公共社会全体がどのように変化するか、ということに対する配慮が、より大きな責務となる。クライアントの与えられる使命を達成することが、必ずしも公共の福祉にとって常に善であるとは限らないことは、すでに見た幾つかの技術団体が掲げている行動規範からも、明らかである。

安全と安心の科学

何が、何時、何処で、どのようにして、起こったのか、これを何分の一秒単位で、詳細に突き止めること、例えば、そこに人間の誤判断や誤操作があったとしても、それを非難したり、責任を問う前に、確実に起こったことの詳細を把握すること、それが、今後同じような事態になったときに、悪い結果を起こさせないような対策―それが「フール・プルーフ(fool-proofミスをカバーできる)」や、「フェイル・セーフ(fail-safe ミスがあっても安全)」の仕組みを前進させることです―を講じるために、決定的に重要な材料になります。

思いがけぬときに思いがけぬことが起こって、事故になります。「思いがけぬ」ことは、予め推測ができないことです。人間の想像力には悲しいかな、限界がありますから、色々と想像力を駆使して、事故の可能性を予め推測して、対処はするのですが、でもあらゆる可能性を予め想定することは、神ならぬ人間には不可能なのです。その隙間を衝いて事故が起こる。そうだとすれば、事故情報は、人間の想像力の限界を補ってくれる、文字通りの「宝物」です。

百寺巡礼〈第4巻〉滋賀・東海

私も静かに湖東平野を一望してみた。すると、近江という土地の重要性が実感できる。
日本最大の湖である琵琶湖が中心にあるため、滋賀県の平地は湖の周囲にわずかにあるだけのような印象がある。

しかし、実際には琵琶湖は県全体の面積の六分の一しか占めていない。しかも、その琵琶湖をとりまく土地はたいへん肥沃で、住民の暮らしは豊かだったのである。

さらに、地理的に見てもここは非常に重要な場所だとわかる。

西日本と東日本の接点に位置しているため、近江は古くから交通の要衝だった。主要な道としては東海道、東山道、北陸道の三つがここを通っている。

かつての都、奈良と京都からも近い。北陸と畿内とを結ぶ琵琶湖の水上交通も、重要な役割をはたしていた。いわば、近江は東西および南北の物流の鍵をにぎる場所だったのである。

週刊 「 司馬遼太郎 街道をゆく 」 2号 2/6号 湖西のみち/近江散歩 [雑誌]

「近江」というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、私には詩がはじまっているほど、この国が好きである。京や大和がモダン墓地のようなコンクリートの風景にコチコチに固められつつあるいま、近江の国はなお、雨の日は雨のふるさとであり、粉雪の降る日は川や湖までが粉雪のふるさとであるよう、においをのこしている。

はるか上代、大和盆地に権力が成立したころ、その大和権力の視力は関東の霞ケ浦までは見えなかったのか、東国といえば岐阜県からせいぜい静岡県ぐらいまでの範囲であった。岐阜県は、美濃という。ひろびろとした野が大和からみた印象だったのであろう。

さらには静岡県の東半分は駿河で、西半分は遠江という。浜名湖のしろじろとした水が大和人にとって印象を代表するものだったにちがいない。遠江は、遠つ淡海のチヂメ言葉である。

それに対して、近くにも淡海がある。近つ淡海という言葉をちぢめて、この滋賀県は近江の国といわれるようになった。国のまんなかは満々たる琵琶湖の水である。もっとも遠江はいまの静岡県ではなく、もっと大和にちかい、つまり琵琶湖の北の余呉湖やら賤ヶ岳のあたりを指した時代もあるらしい。

ちなみに湖東は平野で、日本のほうぼうからの人車が走っている。新幹線も名神高速道路も走っていて、通過地帯とはいえ、その輻輳ぶりは日本列島の朱雀大路のような体を呈しているが、しかし湖西はこれがおなじ近江かとおもうほど人煙が稀れである。

岩波講座 都市の再生を考える〈第1巻〉都市とは何か

都市内のダイナミズムは、経済的・社会的・文化的・政治的ダイナミクス間のバランスのとれた相互作用により維持される。都市間のダイナミズムは、ネットワーク型都市システムにより増殖する。グローバル化に呼応して、都市力アップが求められる今、わが国の都市や地域の戦力においてもそれなりに意識されている視点である。市民と協働や官民連携の導入は前者の例であり、都市や地域のブランディング、シティセールスなどは、都市ネットワークにおける自都市の認知度を高める後者の試みである。しかし、これらの方策により都市力をうまく引き出し都市の駆動力に結び付けるには容易でない。

都市力とは、経済力だけではない。経済は、都市で取り結ばれる多様な関係のひとつに過ぎない。都市経済をパワーアップさせる魅力を付加し続け、足を引っ張るお荷物を切り捨て続けても、都市力は蘇るとは限らない。経済競争力強化に浮き足立ち、異分子を排除して仲間だけで集まろうとする傾向を強めれば分極化を助長する。市場原理は分極化を拡大する方向にしか働かず、都市を自滅に追い込みかねない。

都市を生かし続けるには、分極化しようとする多様なグループをつなぎとめなければならない。その知恵は、日欧を問わず市場経済が確立する以前から今日まで静かに持続してきた《まちなか》に眠っている。その知恵を発掘できずに《まちなか》をまるごと葬り去ってしまったなら、都市はもはや都市でなくなる。都市内のダイナミズムも、都市間のダイナミズムも生まれようがない。

《まちなか》では、老若男女、様々な職業や文化的背景を持つ市民、都市の市民と周辺農村の人たち、中長期滞在者、観光客など一時的な来訪者が、時間と空間を共有してきた。《まちなか》で多様な人たちが取り結ぶ創造的な関係こそが都市を生かし続ける根元的な力であった。

岩波講座 都市の再生を考える〈第7巻〉公共空間としての都市

少子高齢化の成熟社会では、車に依存せざる得ない低密度な拡散市街地は明らかに不適切なパターンであり、居住地の再編成、コンパクト・シティー化が、洋の東西を問わず、都市再生の中心課題である。個人乗用車に依存しないで、徒歩、自転車と公共輸送機関の組み合わせによる公共輸送体系をベースに交通政策を組みなおすこともコンパクト・シティー化の重要な課題だ。ヨーロッパでは歴史的な経験、居住体験によって、直ちに体感できるコンパクト・シティーという政策目標像は、城壁を持たず、伸びやかな庭園住宅地と郊外の原っぱによって都市を形成してきた日本ではなかなかピンとこないが、緑と水を身近に引き寄せながら住宅地の居住密度を再編成することはコンパクト・シティー化の上で最重要課題の一つである。